<Lily of the valley―強者・守人は笑う>





アクゼリュスが崩壊したとの報告が入って以降、現地へ向かったジェイドの生死は解らないままだった。
最近入った報告では生存者は無いに等しいと訊いた。
キムラスカの陰謀だと喚いている者を何とか押さえつけているがそろそろ限界か。
厄介なことになったな。もう溜め息しか出てこない。
前に垂れ下がってくる髪を払い除ける気すら起こらず、ガラス張りになった謁見の間から望める広大な
青空を見上げながら、俺は憂う気持ちをどうにも出来なかった。

そこで少しでも気分晴らしをとブウサギを連れて宮殿の前へ行った時だった。

「ピオニー陛下へ緊急の要件で謁見したく思います。どうか早急に取次ぎをしてはもらえないでしょう
か」

「陛下は今お忙しいのだ。謁見は出来ない」

「緊急を有するのです。どうか、お願いします」

「しかし・・・・・・」

門を守る兵士二人と、市民だろうか、茶色い髪の青年が頭を下げて兵たちの言葉を待っていた。頭を
深く下げたままじっと微動だにしない相手に、兵も扱いに困ったのか顔を見合わせるばかりだった。
女性の謁見者であればいつでも大歓迎だが、野郎か・・・。そう思いはしたが、必死に俺への謁見を求
めている様だったので助け舟を出す意味で兵士たちへ声をかけた。

「どうしたんだお前ら」

「へ、陛下?!何故このような場所に・・・!」

「それに関しては何も突っ込むな。―――で?」

俺が現れたことで兵士が背筋を伸ばして姿勢を正しながら緊張しているのか上ずった声で言った。

「はっ、この者が何でも緊急の要件で陛下に謁見したいと」

「ほぅ緊急の要件か。・・・とりあえず、顔を上げろ」

「はい、申し訳ありません」

いつまでも頭を下げている気だったのかこいつは。少しだけ呆れてしまいながらも、顔を上げたそいつ
の瞳を見て、俺は僅かに息を呑んだ。それから込み上げてくる衝動を抑えきれずくつくつと喉を鳴らし
て笑ってしまった。突然笑い出した俺に困惑した二対の兵士の視線が注がれる。対して、青年は感情
の読めない双眸でじっと見つめてきていた。

「面白い。謁見してやろう」





どれだけ頼んでもピオニー陛下への謁見を取り次いでもらえそうにない。歯を食い縛り焦る気持ちを静
めながら俺はそれでもしつこく食い下がっていた。だが転機は訪れる気配もなく、強行突破でもしてし
まおうかと思い始めた時だった。頭を下げていた俺の上で兵士が陛下と驚く声が聞こえてもしかしたら、
と少しだけ期待をして続きの言葉を待つ。そうしたら期待違わず、大分訊き慣れた陛下の声がした。事
の説明を促す陛下へ兵士が答えると、陛下はまず俺へ頭を上げろと言ってきた。そう言えば俺の視界
にはつま先が三つと灰色の地面しか見えていなかった。言われたとおり頭を上げて陛下を見据えると、
陛下は何故か笑い出した。今、間違いなく俺を見てから笑い出したよなこの人。
しかし陛下が目の前にいるというのはまたとないチャンスだ。直接陛下へ謁見を頼み込もうと息を吸い
込んだ俺に、陛下はあっさりと告げたのだ。





*   *   *   *   *





場所を移し、陛下は玉座へ深く腰掛け、頬杖を付いて楽しそうに薄く口端を吊り上げて俺を眺めてい
た。陛下の周りにはアクゼリュス崩落の事態収拾に追われている所為か、苛立っている様子の将軍や
お偉いさん方が並んでいた。

かつん、かつん、と広い空間に歩く度にブーツが鳴る音が響く。その音を遠くの方で聞きながら、俺は
前へ進み出ると、方膝をついた。

「セイル・ネイヴィスと申します。突然のご無礼をお許し下さい」

「おぅ、許す。それで用件は何なんだ?」

儀礼もへったくれもない陛下の切り出し方に苦笑してしまいそうになりながら、俺は「寛大な対応に心か
ら感謝します」と言った。

そして、俺はアクゼリュス崩落の原因、この未来(さき)に起こるセントビナー崩落についてを話し出し
た。



不思議な奴だ。目の前に立ち、淡々と語っていく青年。秘預言にも記されていないことを真面目な顔を
して話す姿は、俺には到底でたらめ嘘を並べているようには思えなかった。
まぁ、信じる信じないは置いておくとして。
話が終わり、やはりと言うか…でたらめだろうと声を荒げる奴が出てきた。
そりゃあ預言に記されていないんだ、信じられないだろうな。
しかし決め手は預言に記されているか否かではない。
青年は周囲で吐き散らかされる暴言紛いの言葉へ耳を傾けようとはせず、ひたすらに俺だけの言を待
っていた。

強く優しい光を宿し、透き通った蒼の双眸。これは嘘を語る者の目ではない。

ざわつく広間を制するように俺が片手を挙げれば、ピタリと静寂が戻る。
シン、と静まり返った謁見の間で、俺は目を細めて青年へと問うた。

「何がそこまでお前を突き動かしているんだ?」



陛下の問いは、俺の意表をついたものだった。
俺が語った内容について突っ込んだ質問がされるのかと思っていたから、予想外だ。

眇められた双眸は俺を見極めるかのように視線で射抜いて束縛する。
こういうところは一国の王らしい。

俺は答えるべく口を開いた。

「大切なものを、失くしたくないのです」

今、苦しい立場に居る大切な赤毛を守る為。

その守り抜きたい子供を今度こそ最高の幸せへと導く為に。

俺を光の世界へ救い上げてくれた大切な焔を。

そして―――

「同じ悲劇は二度もいりません」

だから俺は、俺の出来る限りのことをやり通す。

静かに微笑んで、俺はそう言葉を終わらせた。



大切な何かを守る為に必死に動いているのだ。

俺はセイルが言う前から直感的に悟っていた。何故なら、彼の瞳がそれを語っていたからだ。
人を見極める目利きには自信がある。だからこそ断言できる。

こいつは大切なものを守る為にここまでして動いているのだということを。

解らない奴には解らないだろう。解る奴には解るだろう。

俺は解るからこそ、信じがたい話ではあったが信じることにした。

「嘘に乗せられてみるのもまた一興だろう」

冗談交じりにそう告げると、青年は優雅に一礼してきた。
途端、どよめきが起こったがそんなものは無視する。決定権は俺にあるんだしな。
話も終わり、俺に背を向けて謁見の間を出て行こうとしていたセイルが一度足を止めて振り向いた。
そしてセイルは最後に去り際にこんな言葉を残していった。

「時期に陛下が心配されていたカーティス大佐が戻ってくるでしょう。そしてキムラスカの王女とファブレ
公爵の子息が遅れてこちらに来る筈です。そこで私の話が嘘か真かお解かりになると思います」

俺がどう言う事だと声を上げる間もなくセイルは謁見の間を出て行った。



それから数時間後のことだった。キムラスカの王女に赤毛の子息が茶髪の青年が言った内容が真実
であったと裏付ける話を持ってきたのは。



















ルークがいない!赤毛がいない!!
そして読み辛い文ですみません;;精進しますっ。
セイルのある台詞が別の連載のアッシュの台詞と同じ
なのは意図的です。

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08.03